ノイズを忘れたら、軽やかになった話
- 6月11日
- 読了時間: 3分
北海道十勝、日高山脈の麓に暮らして5年が経ちました。
わたしの家の半径2キロ以内に、人家はありません。 周りは広大な農家の畑。
聞こえてくる人工的な音といえば、たまに空を飛ぶヘリコプター、前の道を通る車、農家さんの機械の音くらい。
それよりも、風の音。虫の音。生き物の気配と静けさが日常になりました。
静かな環境に身を置いて、起きたこと
この場所で暮らし始めてから、生きるのがどんどんと「よりよく」「楽に」なっています。
静かな時間があると、自分の中に気づきが生まれ、気づきから、動いてみようという前向きな行動が生まれる。その行動が積み重なって、人生が軽やかに変わっていく。
気づきからくる行動で形になったものの軽やかさを体感しています。
正解は、自分の中にある
よりよい人生って何か。それは人によって全然違います。
世の中に正解も不正解もない。同じ出来事でも、ある人には正解で、ある人には不正解に見える。
だから、正解は自分の中にしかありません。
自分の中の「イエス」に気づいて、そこに向かって動いていく。
それだけで、人生はその人にとってよりよいものになっていく。
では、その「イエス」はどこから聞こえてくるのか
本に書いてあること、誰かの言葉、学び、自然が教えてくれること。
これらはすべて答えのようでいて、ヒントでしかない。
それを自分の腹に落とさない限りは、自分の「答え」にはならない。
10年前に読んだ本が、今ようやく腑に落ちることがある。親の言っていたことが、今更わかることがある。
腹に落ちた瞬間に、はじめて自分のものになります。
気づこう、気づこうとして本をたくさん読んだり、いろんなことを習ったりするのは、
まだ外側に答えを求めている状態かもしれない。
外側から得られるものはあくまでヒント。答えは自分の内側にしかにありません。
ノイズを忘れることが、最初の一歩
では、どうすれば内側の声が聞こえるようになるのか。
無理に潜っていって探すこともできるし、そういうメソッドもたくさんあります。
でも、結構気合と根性が必要(お金も)そして、気づいたと思っても、それはヒントを得ただけで、気づきになっていないことも多い。※たくさんいろんなことに課金してきました(笑)
わたしは、ノイズを減らして、気づきが自然に起こる余白を残しておくことの方が大切だと思っています。
余白ができたら、人は「よりよく生きる」方向に自然と向かっていく。
もともと人間は、生き物はそういう設計、デザインになっている。
ノイズは、様々な形をしている
体の不調も、炎症も、どこか痛い、痒いという感覚もノイズ。
外から聞こえてくる人工的な音も、隣の生活音も、テレビの音もノイズ。
自分の内側で渦巻いている考えや感情も、ノイズになっていることがあります。
この森の音だって、人によってはノイズかもしれない。
ノイズは人それぞれ。
自分にとってのノイズが取り除かれた後、ちょっと余計なことを忘れた後に、
なんかしたいな。これやってみたいな。あ、疲れてたんだな。
そういう気づきが、ふと顔を出します。
その気づきに向かって動けたとき、人生はどんどん楽しく、楽ちんになっていく。
それを積み重ねると、最後に「この人生、最高だった」と思えるものになっていくのではないかなと思います。
あなたにとってのノイズは、何ですか。


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